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第三回東京調布ロード

2015年12月13日

 

9年前の2005年、立川マラソンでの記録、1時間49分50秒。そのころ私は、出生地近くのクラブに所属して自転車競技にも打ち込んでいたが、その年の10月、富士あざみラインヒルクライムを最終戦とし、活動休止に入った。監督からは引退かと聞かれたが、「休止」とこたえておいた。あいにく同クラブに復帰はできていないので休止状態のままではある。その間、何をしていたか。もちろん仕事はしていたけれど、そのかたわら大学通信教育に取り組んでいた(2007年春から)。 自転車のロード競技は恐ろしく練習に時間が掛かる。週末は朝走りに出かけると夕方まで戻らない。100km近く走って帰って来ると日暮れの頃。平日も自転車通勤。片道27kmの道のりを毎日(雨の日以外)。そんな過密スケジュールと、通信教育が両立しないのは自明であった。

 

なにゆえに学士の資格があるのに、いまさら大学通信教育か。その質問に答えることはこの記事の趣旨ではないので詳細には記さないが、20代から40代にかけて自分の中に不完全消化な感情があったのはたしかだ。つまり大学受験も、4年間の大学生活も、何か煮え切らないままに終わった感があった。志望していたのとは違うけれど、とりあえず受かった学校に入って適当に4年間をやり過ごし、成り行きで入った会社で9年間過ごし、その後流転の職業人生を送り、現在に至る。別に後悔はないとはいえ、反面このままでいいのかという葛藤が自分の中にあった。 それに対する答えが大学通信教育ということはいえよう。 よく調べずに入学してしまったが、なんでも日本の大学通信教育で一番大変だという学校らしく、学習課程は困難を極めた。そのことはまた別の機会に記すつもりだが、私の人生の中で精神鍛錬としてこれほど強力なものはなかったかもしれない。

 

そのあたりの一件が落ち着きを見せた2015年夏、さて出口戦略を練らなくてはと思った。つまり今まで通勤時間と休みのほとんどの時間を通信教育の学習にあてていたものが卒業のめどがたち、そちらに時間を割かなくてもよくなった。そのままではぼーっとしてしまう。それはまずい(笑)。何かやらなくては。自転車もいいが、春先のチャレンジでハードルが高さを痛感した。ならばということで始めたのがランニング。

 

2015年、春先に通勤で毎日片道2kmのラン、梅雨入り前くらいから週末にも走るようになったが、猛暑でダウンして夏の間は走れなかった。9月頃からプランニングのソフト(マイ・アシックス)を導入して、ついでにスマートフォンのGPSも働かせランの記録を自動で連動させるようにして、練習を続けた。11月の光が丘(ハーフ)は風邪で欠場してしまったが、9、10、11月とそれなりにハーフに向けて調整は進めてきたので、少しは身体も動くようになってはきた。

 

 少し走れるようになると欲が出る。9年前の自分の記録、ハーフでの1時間49分50秒を更新したいというのがラン再開のきっかけだった。しかし9年前の自らの水準に到達するまでにどれくらい時間が掛かるのか。想像もつかない状態であった。理想、もしくは目標と現実のギャップを冷静に測定し、そのギャップを埋めていく過程を明確にイメージできれば達成の意欲が湧く。しかし自分の場合はその道筋が五里夢中の迷走状態であった。

 

プランニングに活用しているマイ・アシックスが提示する調布ハーフマラソンの予想タイムは2時間15分。ここを目指して練習に励めということ。つまり今の実力では自己ベストとの差が30分もある。いったいどれだけ練習を積めばその差を詰められるのか。 途方に暮れ、気持ちが折れそうになった。そんなときかつて指導をお願いしたOコーチに連絡を取り、再びご指導いただくことを快諾して下さったのは幸いであった。Oさんのお見立てでは12月のレースは「時期早尚では。無理して走って負傷したら何もならない」とのこと。

 

 他方、何も考えずにどんどんとエントリーを進めてしまった手前、エントリーフィーを流すのももったいないという判断もあった。Oさんと話し合った結果、練習代わりに走るのならかまわないということになった。つまり、試合でも全力で突っ込むのではなく、運動強度の管理をしっかりやって出走すれば良い練習になるということである。基本は心拍130bpmを厳守する。むやみに強度を上げるのは禁物。終盤で脚が余っていたらスパートをかけるのはありだろう。いわゆるビルドアップ走(ペースを段階的に上げていく)を試合でやるわけである。9年前はスタート直後から1キロ4:30くらいで飛ばしていたつけが終盤にまわった。今回はその逆を狙うわけだ。試合に出るということは試合独特の雰囲気になじむ。出走前の段取りに慣れるといった効果もある。 

 

 調布市。つい先日水木しげるさんの訃報でも取り上げられていた、東京の西の郊外の都市である。

 調布ロードのコースは味の素スタジアム周辺。最近Fさんと一緒に走るようになった公園のすぐ近くであり、信州に里帰りするときに利用する高速道路のインターチェンジの近くでもあり、多摩川沿いに自転車の練習をするに頻繁に通る地点でもある。そういう意味でも親しみがある。ただスタジアムに入ったことはない。むろんこの大会に参加するのも初めてである。

 

12月13日日曜、朝からあいにくの雨。10kmくらいのはずなので自転車で会場まで自走のつもりだったが、雨の降り方が強く気持ちが折れそうになる。気が進まないが山用の合羽を出してきて被り、10時過ぎに自宅を出て、11時過ぎ会場に着く。駐輪場に停めて会場に入り、受付を済ませる。ゼッケンのほかに靴につけるセンサーチップも受け取る。観客席が開放されているので、そこで着替えたり、荷物をまとめたり。雨は相変わらず降り続いている。

 

 

12時過ぎ、召集がかかりグラウンドにおりていく。サッカーなどで使う人工芝のグラウンドが周回コースになっていて、そこからいったん地下に誘導される。その場で軽くアップ(ウインドスプリントのような軽い走り)。相変わらず雨がぱらぱらと降っている。気温は低く、10度前後か。グラウンドの地下から再び地上に誘導される。雨よけのビニールのポンチョをかぶってはいるが、気休めにしかならないだろう。レース中に汗と雨でぐしょぐしょになる。その場で身体が冷えないように、屈伸をしたりする。12:30、定刻にピストルが鳴りスタート。コースはグラウンドから調布飛行場滑走路西側の遊歩道を北上し、都立武蔵野の森公園内で折り返し、再び味スタに戻る一周約7kmのコースを3周する。

 

 腕につけた心拍計は10年前に購入したPolar S625X。自転車競技用に買ったが、フットポッドを靴につけるとランニングの速度や距離も測れる。GPSウオッチ全盛のいまどき、こんな機械を使っている人はいまや絶滅危惧種だ(笑)。今年の初めメーカーに電池交換を依頼したところ、一通り検査してくれトランスミッターのベルトを更新すればまだ使えるということで、丁寧な対応に感激し、まだまだ現役で活用している。今回も私のランニングのペース管理には不可欠な存在となっている。

 

そのS625Xのリストレシーバーに表示される、自らの心拍数と1キロあたりのペースを見ながら、強度を管理する。心拍120-130BPM、キロ6:15、こんなにゆっくりで良いのかと思う。それはおそらく試合前に練習量を落としていて、脚が軽くなっているからであろう。だからと言って飛ばすと自滅する。9年前と同じ轍を踏みたくない。がまんしてペースを厳守する。1キロ6:40くらいが当初想定だったが、走りながらの感覚ではいくら何でもこれは遅すぎると感じた。3kmほど走ってそこまで落とさなくても完走できそうな気がした。今年になってランを再開してからというもの、20km走こそ実施していないが、10kmから15km走は何度か実施している。その経験からそのときの体調を見ながら、どのくらいのペースで押していけるかが、分かるような気がしたのである。とはいえOさんのご指導にしても、マイ・アシックスの設定時間にしても、長年の経験や、膨大な統計的データから導き出された数値であるから、そこよりを外したペースで走ることは一種の賭けではある。 失敗した場合は終盤失速というしっぺ返しが待っている。

 

とりあえずペースを守ってコースを一周。コースの全体像が理解できた。滑走路脇から、再び味スタの敷地内をぐるぐると迂回し、再度スタジアムの中に入って一周して再び外に出て行く。

 給水やトイレの位置、坂や勾配、風の向きを確認する。

 

 滑走路の脇を通るとき、離陸する飛行機に遭遇すると少し緊張する。この夏のセスナの墜落事故の記憶と衝撃がまだ生々しい。ニュースで何度も流れた映像、サッカー場か何かから撮影された映像は、おそらくこのあたりで撮影されたものであろうと察しがつく。おそらく再発防止の対策が徹底されているであろうけれど、爆音が響くと身構えてしまうランナーもいる。私も走りながら離陸する機体を見送っていたが、事故機のような低いルートで離陸していく機体は皆無であり、滑走路の端のはるか手前で相当高い高度まで上がっている。今日は北風なので、離陸機は北向きに離陸していく。

 

 二周目、身体が冷えた。給水を何度か取っていたこともあってトイレ休憩で1分ほどのロス。最終周回、スタートから1時間半が経過していることを公園内の時計で知る。12:30にスタートしているから、14時ということはそういうこと。それまで総合タイムなんて気にかけていなかったものが、ここにきて2時間を切れるかどうかという色気がでてきてしまった。それが吉とでるか凶とでるか。

 

ふだんから心拍計S625Xのリストレシーバーの液晶表示は、距離、ペース、心拍の三段表示にしていることが多い。するとそのままではスタートからの時間は分からない。もちろん表示を切り替えればスタートからの時間、ラップタイム、気温、標高などもわかる。ただし走りながらボタンを押して切り替えるのは面倒である。そのために普段から、好みの画面のままで走り、時刻を見たい時は周囲の時計で確認することが多い。

 

うーん、微妙だな。練習なんだから、時間は気にしないと誓ったはずだ(笑)。マイ・アシックスの設定でも2時間15分で走りきれれば問題ない。(別にもっと遅くてもかまわない。別にオンラインソフトと約束をしたわけでもないし・・笑)。

 

とはいえ距離計は15kmを過ぎている。あと残り6km。長いような短いような。キロ5分で押せれば2時間は切れるがどうなんだろう。ここまではずっと心拍130-140bpm、1キロ6分弱のペースを守ってコンスタントに走ってきた。ここらで少しペースを上げてみても良いかもしれない。ただし繰り返すがあくまでこれは賭けだ。脚力ほどあてにならないものはない。その日の調子でよくなったり悪くなったりするというのがランナーの間の一般的な定説だ。

 

9年前にもペースの上げすぎでモモがつって腰に激痛が走ってまともに走れなくなった。今回もそうならないとは限らないが、今まで3ヶ月走ってきた自分の感覚を信じてみよう。

 

ためしに心拍を150BPM、ペースをときに4:50くらいまでアップ。さすがにいきなりキロ50秒から1分ものペースアップというのはやりすぎで、ビルドアップではなく暴走に近い。そこでいったん5:30くらいまで落としてみる。これなら何とかなりそうか。あと4km強、なんとかなるだろう。いまのところ呼吸はきつくない。きついのは脚である。

 

 滑走路脇の歩道を南下して味スタの敷地に入る。あと2kmか、ここでもう一段のペースアップ。キロ4:50で押してみよう。このペースでどこまでいけるか。自分の肉体との対話が重要である。

スタジアム内に入る。残り300mくらい。トラックに入ると前にランナーが5人ほど見える。彼らもゴール前のスパートをかけている。もし彼らを抜きさるならばこちらが相当ペースを上げないといけない。ここで順位が上がったからと言って何もないけれど、気分的に「上げて」試合を終えたい。人工芝を思い切り蹴ってウインドスプリントのつもりで全力疾走してみる。

 

 帰宅してから確認した心拍計S625Xの記録はゴール直前で3:20くらいのペースを刻んでいる。自分にとっては相当なハイペースだが、息子が高校生の頃の陸上部の練習のペースは毎回これ以上のペースで練習して1万メートルとか駅伝とかを走っていた。

それでも駅伝の都大会では苦戦していた。私も何度か応援に行ったが、彼の所属するクラブは後ろから数えたほうが早いくらいで、私も意気消沈したものだ。さすがに卒業前の地区大会の個人1万メートルでは善戦し入賞していたようである。 ラン用の靴にしてみても彼のは恐ろしく軽く、底も薄い。今の私の靴はクッションが効いていて、重量があり底も分厚い。 陸上部時代の息子と、今の自分を比較しても仕方がないが、ビルドアップ走としては悪くなかったかな。記録は2時間0分9秒。その場で記録証が印刷され、手渡される手際の良さに驚く。

とりあえず、9年ぶりの復帰戦としては悪くないスタートかもしれない。

 

ウエア:上:ミズノ・サーモブレス長袖ハイネック・ランシャツ+袖なしのアンダーシャツ+ ポンチョ

    下:サポーター+秋物のランタイツ(デサント)

      靴下:ミズノ

     帽子: アシックスのキャップタイプ

     

シューズ: ミズノ ウエーブライダー17SW  

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